彼は家具の買いつけにルッカまで来ていた。彼はヨーロッパ家具専門の輸入会社を経営していた。そしてもちろん成功を収めていた。べつに自慢もしなかったし、匂わせもしなかったけれど(彼は僕に名剌を一枚くれて、小さな会社をやってるんだと言っただけだった)、彼が現世的成功を手中に収めていることは一目で見てとれた。着ている服や、話し方や、表情や、漂わせている空気でちゃんとわかった。成功は彼という人間に、とてもしっくりとなじんでいた。気持ちがいいくらいに。
彼は僕の小説を全部読んだよいった。「僕と君とではおそらく考えかたも違うし、目指しているものも違うと思う。でも他人に対して何かを話りかけられるというのはやはり素晴らしいことだと僕はおもう」と彼は言った。
まっとうな意見だった。「うまく語りかけることができればね」と僕は言った。
僕らは初めのうちはイタリアという国についての話をしていた。列車の時刻がいい加減なこととか、食事に時間がかかりすぎることとか。でもどうしてそうなったかは覚えていないのだが、二本めのキャンティ・ワインが運ばれてくる頃には、彼は既にその話を始めていた。そして僕はときどき相槌を打しながらそれに耳を傾けていた。たぶん彼はずっと前から誰かにその話をしたかったのだと思う。でも誰にもできなかったのだ。そしてもしそれが中部イタリアの小さな町の感じの良いレストランでなかったら、そしてワインが芳醇な八三年のコルティブオーノでなく、暖炉に火が燃えていなかったら、その話は話されずに終わったかもしれない。
でも彼は話した。